2026/02/20 14:07
舞台はスコットランドおよびイングランド。物語の主人公『マクベス』は勇猛果敢、謹厳実直なスコットランドの将軍である。しかしそれはあくまで物語の冒頭までの彼の姿であり、奇妙な魔女から言い渡された予言により、安泰かと思われた彼の栄光への道は、破滅への道となるのだった。 先の戦にて戦果を挙げたマクベスと、同じくスコットランドの将軍でありマクベスの友人であるバンクォーは雷鳴轟く荒野で、3人の魔女と出会う。 万歳、マクベス!いずれは王になるお方(シェイクスピア 1996: 19)。 素性の知れぬ魔女の話の数々に、初めのうちは信じられないマクベスとバンクォーであったが、魔女の口から出た予言の一つが真実となったために、マクベスの心は揺さぶられていく。 真に受けすぎると王冠にまで手を伸ばしたくなる。コーダーの領主だけではすまなくなるぞ(シェイクスピア 1996: 24)。 バンクォーの助言も空しく、伴侶であるマクベス夫人に野心を焚きつけられたマクベスは、王位をわがものにするべくダンカン王の首に手をかけ、ついには魔女の予言通り、マクベスはスコットランドの王冠を手中に収めるのであった。 しかしマクベスは王になっても心が休まらない。なぜなら魔女はマクベスが王になること、そしてバンクォーの子孫が王になることを仄めかしていたからだ。王になったマクベスは、ついに友であるバンクォーの命までも奪ってしまう。欲に目が眩み、保身に走り、自らの手を汚してまで得た王という地位。マクベスは死んだはずのバンクォーを白昼夢に見るほど、心が疲弊していた。さらに乱心したマクベスは臣下の家族を皆殺しにするなど暴虐の限りを尽くし、暴君としてその名を国中に轟かせる。 マクベスの暴虐非道が見過ごされるはずもなく、スコットランドの貴族やダンカン王の息子であるマルカムとドナルべインら率いる反乱軍にマクベスは殺され、その生涯を終えるのであった。 マクベスは高潔であり、王や友から信頼のおける忠義の人物であった。だが読者はそんな彼の一面を見ることはできない。我々が見るのは、彼の心奥深くに隠された野心と、良心の呵責に苛まれるマクベスなのだ。 王になってもマクベスの葛藤は続く。一見すれば、マクベスは目先の利益を得ようとしたばかりに、短絡的な行動を起こしてしまう愚鈍な男に見えてしまう。だがマクベスは決して冷血漢などではない。終始目立つのは、彼の中で繰り広げられる内省、そして自己擁護。己の犯した罪を非難し、殺害した相手の亡霊を見てしまうほど彼は繊細であり、彼の葛藤の言葉はあまりにも詩的で的確、かの愚行を起こした男と同一人物とは思えないほどである。 そんなマクベスとは相対して、際立つのはバンクォーの存在。 俺はお前たちの好意にすがりもしなければ憎悪を怖れもしない(シェイクスピア 1996: 20)。 魔女にそう言い放ったバンクォーは、予言を鵜呑みにすることなく、徹頭徹尾、騎士の鏡のような印象を読者に与えてくれた。魔女は邪悪な魂を持つマクベスに王になる予言を与え、善良な魂をもつバンクォーに異なる予言を与えたのか。あるいは単にこれらの予言が、二人の魂の方向性を決定づけてしまったに過ぎないのか(しかし魔女は、マクベスがダンカン王を殺して王になるとは一言も述べていない)。卵が先か、鶏が先か。妄想は尽きない。 もう一人、特筆すべきはマクベス夫人である。この妻にしてこの夫あり。王を殺すか殺さぬか、心が揺らいでいたマクベスの最後の防波堤になれた人物でありながら、マクベスの欲望の波を高める、もう一人の魔女となったのだ。 魔女の予言から始まり、妻の助言で最後には我が身を滅ぼす。適切ではない表現かもしれないが、現代風に言い換えるならば、まさしくハニートラップ。女性の言葉に受け流されやすい一男性読者としては、甘い言葉に惑わされ、誤った選択をしないように心掛けたい。襟を正すことの重要性を説く、教訓の詰まった物語であった。